隠岐ジオパークの経緯
と言っても、ジオパークそのものよりも、何がどうなってジオパークという枠組みに行きつくことになったのかを整理している。求められているのは多分、ジオパークについてなんだろうけど(苦笑)
隠岐ジオパークはジオパークという枠組みが示される前から、エコツーリズムを観光の基軸にしようと努力してきた人たちがいる。隠岐にとって、ジオパークというものはエコツーリズムの延長線上にあった、何の無理も方針転換もないごくごく自然な流れだったのだろうと思う。
では、そうしたエコツーリズムへの取り組みはいつ、どうして始まったのか。その辺をしっかりとまとめておきたいと思い立ったのが最近。そんな時、要請が入りこれはちょうどいいや、と基本的に引き受ける方向で考えている。
隠岐ジオパークは先般、世界ジオパークネットワークの委員会で「保留」という形で加盟認定を見送られたわけだけど、そんなことは実は大きな問題ではないのかもしれないなとまとめながら思う。
多分、パワポにまとめるので、報告した後はSlide Shareで見てもらえればと思う。